Quinoss.com

物語の感想やニュースの意見等々を更新しています

CHAGE and ASKA / あきらめのBlue Day

彼らが70才、自分が50才になるまでにライブに行ければいいなと思っていた。ASKA単独もCHAGEソロも我慢して復活のときこそ馳せ参じようと。ぼんやり思っていたのが悪かった。その望みがほぼ絶たれたと思われる8月25日、自分が想像していたよりもショックだった。

 

以前に明確に好きになった時期の分からない俳優のことを書いたことがあるが、アーティストでは唯一この曲で好きになったという記憶がないのはチャゲアスだけだ。気づいた時には夜のヒットスタジオ等での彼らの歌声に魅了されていた。田舎の小中学生では情報を得ることが難しかったので初めて聞いた「ひとり咲き」も新曲だと思っていた。たぶん認識し始めたのはまだ小学生だった「モーニングムーン」発売前後だと思う。我々世代が邦楽に興味を持ち始める小学校高学年から中学生の時期はバンドブームで、ジュンスカやユニコーンなどが出始めたころ。なんとなくチャゲアスファンであることは公言しづらかった。特に同志を得たいとも思っていなかったのでテレビやラジオを録画録音し1人繰り返し聴いていた。中学生の終わりに世間に注目される兆しがあり、高校生になったときに「SAY YES」が発売される。そのときは世間のチャゲアスブームに乗っかりファンであることも公言し高校時代は彼ら一色だった。たしかタイアップしていた車のディーラーにポスターを友人ともらいに行った思い出がある。

 

大学生になるとミスチルやスピッツが登場するのだが、SMILEにハマったくらいで依然としてやっぱりチャゲアスだよな的な生活だった。連れらとカラオケに行っても空気も読まず1人チャゲアスを入れていた。社会人になるとインターネットや音楽専門チャンネル等から膨大な情報を得られるようになりさまざまな音楽を聴くようになった。HIPHOP系や真心ブラザーズ等メッセージ色の強い曲に惹かれたりした。これまでチャゲアス、スマイルを除けば最大級に好きになったのはandymoriだった。後にASKAと小山田壮平がお互いのブログでつながったときは驚いた。彼らに共通性は感じていなかったので。

 

CHAGE and ASKAを何故好きなのかという理由に自分の中で明確さがない。ASKAの歌詞には難解なものが多いし、CHAGEとのハモりは良さを理屈で説明は出来ない。各ソロ作品もこれまで聴いてきて、CHAGEはチャゲアスのときとは異なるキャッチーさで、ASKAは初期2枚は独自路線だったが3枚目からはほぼ1人チャゲアス状態の曲を提供してきている。特に2人そろわなければ嫌だというわけでもなくいろんなパターンが楽しめていたし、C&Aでも「僕はMusic」「Man and Woman」など最後まで名曲だった。ただその後の2009年以降の各ソロはそれまでの熱を保っては聴けていない。何故なのかは分からないが、なんとなく個々の活動を安定した気持ちで見れなかったからだろう。CHAGEにはMULTI MAXのときほどの刺々しさを感じないし、ASKAはカバー曲を出し始めるしでそれじゃない感が漂っていた。復活はないとは思わなかったけれど、圧倒するようなオリジナル曲への期待感は薄れつつあった。それでも事件後のASKAのアルバムなどはアラ還とは思えない曲と歌声に驚いた。それでも何かが足りない。「NEVER END」や「ONE」ほどのリピート率では聴けなかった。

 

この30年で音楽は聴きやすくなった。昔は増えていくたくさんのアルバムをなかなか整理出来ず、古いものは車のチェンジャーから外れるとなかなか再び聴くことはなかった。それでもチャゲアスのアルバムだけは時代が変わっても「風舞」から何度も聴いた。今ではほとんどがスマホの中に入りいつでもどこでも聴くことが出来る。そのため各時代に懐かしさを感じることはほとんどない。今回のASKA脱退宣言以降1枚づつ聴いているのだが、何故か「Code Name.1」だけが強烈にその時代がよみがえってくる。たぶん個人的に初めて一人暮らしを始めて生活環境が変わった時と重なるからだろう。特に後半の4曲はC&Aの真骨頂でありCHAGEのハモりが素晴らしい。ASKAメインの201号やCHAGEのベンチなど楽曲の幅広さも魅力なのだが、CHAGE and ASKAとしても2人の声が最も重なったアルバムではないだろうか。だからこそいま心に刺さってくる気がする。本人たちこそ自分の声はレコーディングなどで嫌というほど聴いてきただろうが、ただ客観的にその歌声の魅力を感じられるのはやはり他人の耳だと思う。ASKAとCHAGEの声の共鳴が与えるリスナーへの潜在的な影響を2人こそが見誤っている気がする。

 

30年来のファンとしては「SOMEDAY」が「PRIDE」に入っていれば最強のアルバムだったのに、それをずっとASKAが根に持ってるみたいな可愛い理由だとよかったのだが、ASKAのブログを信じれば根は深そうだ。CHAGEのブログを読んでもお互いの理由の具体的なところは見えない。ASKAとしては再始動を願うファンに見込みのない延命はしたくないとのこと。何を今さらと思う。昔アルバムは毎年コンスタントに出します宣言を聞いたときから、ファンは何度の活動休止を聞き、何年も新曲を待ち、何回の解散報道をくぐり抜けてきたと思っているんだ。チャゲアスファンから言わせればいつか分からん再始動なんて慣れている。きたえられている。仲たがいをしているような終わらせ方ならいっそ最後まで活動休止の方がよかった。ASKAにしてもCHAGEにしてもそんなことをさらけ出してどうするんだという気持ちでいっぱいだ。それでもオレたちは2人がそこまで強くないことも知っている。ブログタイトルには「あきらめのBlue Day」と書いたが本当はそう思っていない。いつかお互いの必要性にあらためて気づくと思う。そしてそのときこそ私は駆けつけるつもりだ。CHAGE and ASKA復活ライブへ。

 

f:id:Quinoss:20190909153309j:plain