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聲の形 感想② 他作品との違い

 

ストーリーについては凄く狭い世界の出来事を描いているのに、それを感じさせず引き込んでいく稀有な物語だと思う。あまりアニメ映画の数はこなしていないが、大概のものは後半につれ壮大になって、謎解きがあってで盛り上げていくものが多い。後半に自殺や死というものを持ち出してはいるが、この映画は基本的に普段の生活圏内。同じ場所の風景が登場人物の心情により変わっていく。

 

正直アニメ映画を観に劇場まで足を運ぶことは滅多にない。このときは「風立ちぬ」以来だったのではないだろうか。映像の美しさや迫力に驚いたり、ストーリーの展開に感動したりということはよくある。この映画と他の作品との違いを最も感じたのは音だった。もしこれが実写やCGアニメだとそれほど際立たなかったかもしれないが、アニメは没頭しながらも無意識にどこか客観的に見ている部分があり、その分細かいところに気づきやすい。文章では表現しにくいけれどチープに言えば凄く美しい。場面の移り変わりで響く効果音や、補聴器を通したときの雑踏、川の波紋等の音に意識が及ぶ感覚。映像作品を観るときに音がここまで気になったものはなかった。気になると言っても決して心地が悪いものではなく、どこか美しい調べに雑音を入れることでリアルさが増したような。ときには意外な効果音で逆手をとって際立たせるようなインパクトを感じるところもあった。とてもこだわった細かい仕事だと思う。今回家のテレビで観たときはそこはほとんど感じとれなかった。オーディオが弱いテレビで残念。

 

ネタバレになってしまうけれど他に画期的だと感じたのは「いじめ」の話を冒頭にもってきてはいるが、その後加害者が追い込まれさらにその影響で被害者が追い込まれるという話の構造。加害者と被害者はすぐに和解どころか思いあっているのに、考え方が異なる周りのキャラによって悪い方向へと進んでしまう。どの人物も悪意があるわけではないけれど完全な善人でもない。いかにもいそうな偽善者たちが集まりコミュニケーション不足で破たんしてしまう。もともと主人公のいじめも西宮に伝えるコミュニケーションを怠ったことが原因だと告白するが残酷性を考えると少し違和感がある。でも終盤にそれぞれのプライドを少しづつ外すことで全員が石田を許し、石田の視界が変わっていくところは良かった。

 

ただ1点だけ、またそこかよとツッコマれることを承知で書くがキャラクターの絵の統一感が薄い。面白い面白くないは抜きにして日本アニメ映画の有名作品たちは、総じて私の感覚では完璧なのだ。ジブリアニメの毎度おなじみの顔もタッチも「君の名は」は特にめちゃくちゃ丁寧に感じるし、細田守作品もドラえもんドラゴンボールポケモンも1作1作のキャラの絵とタッチは見事に統一されているのだ。ちびまるこちゃんなどは派手さウマさは皆無だが統一感はパーフェクト、書き分けもされている理想的な作品。しかし「聲の形」についてはそこが粗く感じる。石田と西宮が同じ作品の登場人物に見えない。メインビジュアルの主要キャラが歩く絵もどこか1キャラごとそこに張り付けたように感じる。浮いているように感じたのは主役の極端な三白眼と永束君のブロッコリー頭と体型。これを7割程度に止めてほしかった。あと植野と結絃(硝子妹)の前髪・眉毛・目の部分。浮いているとは違うけれど特徴が薄い。重要キャラの2人なのに前髪の構成・色がほぼ同じ、隠れている部分も多いので区別がつきにくくモブ感が出る。他のキャラクターは髪の色や形、目の色まで変えて特長を出しているのに何故この2人だけ。しかもどちらも少しキレキャラ。この2人はもう少しだけビジュアル的に浮かせて欲しかった。浮き具合の絶妙なバランス。どうでもいいと思う人も多いと思うが凄く大事だと私は思う。何か別のアニメからやってきたキャラクター感というか別人が描いた感が出ると没頭の妨げになる。原作の時点で違和感があったが、映画化によってそこは修正される傾向があるのにどちらかといえばむしろ強調されている。ここまでなのは正直あまり見ないと思う。こういうことってセンスだけで片付けている問題なのだろうか。それとも大きな制作会社だとチェック部署やそういう役割の人がいるのだろうか。いずれにしても制作スタートの段階で監督にはそれを感じるべき能力は必要だと思う。これは本当に共感者ゼロかもしれないけれど、ほとんどのアニメはこの点は意外とクリアしてるだけに、私的には良い作品な分だけ残念無念なのである。

 

 

 

 

また悪口のところを長々と書いてしまった。誤解しないでほしいが「聲の形」は傑作だと思う。観ていると他のアニメにはない血の通った感じがある。もしかして絵のタッチを完璧に揃えていないのは、画一的に感じさせないことで現実に似たリアル感、生きている感じを出す為なのだろうか。まさかとは思うけれど。