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桂歌丸

 

 

記しておきたい。W杯敗退のことではなく、歌丸師匠が亡くなったこと。

 

私は落語を日常的に観たり、聞いたりはしない。日頃落語家にふれられるのはほぼ日曜の笑点のみ。そういう人は多いと思う。しかも笑点に落語はない。落語家たちの大喜利があるだけだ。その分敷居も低く、子供のときから観る機会は多かった。私の年代でのデフォルトは司会圓楽小遊三・好楽・木久蔵歌丸・楽太郎・こん平・山田君である。着物の色のように各人のカラーを守り、分かりやすい笑いを届けてくれた。特に歌丸師匠と両サイドとの掛け合いは毎回楽しみだった。

 

といっても日曜日の夕方に毎週テレビの前にいるわけでもなく、見逃したからと言って別段くやしいわけでもない。放送していて当たり前、日常の一部だった。それがこん平師匠の降板や司会圓楽師匠の死去で、当たり前ではないことを思い知らされる。そして昨日の歌丸師匠の死去。笑点がある、いつものメンバーが出ているということのありがたみが分かった。子供の頃に見ていた戦隊は1年で入れ替わる。それでも切ないのに、基本的にはずっと同じメンバーでやっている笑点のメンバーチェンジや降板はキツい。

 

どんなバラエティ番組でも複数の芸人が出ていると見ているうちに自然と自分の中で特定の人やコンビを推していないだろうか。賞レースが絡むと尚更である。笑点はもちろん座布団を取り合って競い合っているテイだが勝敗はない。だがこの人のネタは面白くあってほしいという、やんわりとした推し感覚、それは物心ついた時から歌丸師匠にあった。それは面白さだけではなく、にじみ出る人格から来ていたのではないかと思う。幼いときでも面白いのは圧倒的に木久扇師匠だから(笑)

 

小言がうるさい説教キャラ設定で、どれだけいじられても本気のテイで怒る。政治ネタで物申しつつ、嫁ネタで日常のことも笑いにする。私個人的には亡くなった2人の祖父を合わせたような見た目とキャラだったので、もう一度失ったような感じである。幼い頃から当たり前にいたじいちゃんがまた1人いなくなってしまった、そんな心に少し穴が空いているような気持ちである。

 

1度でいいから見てみたい、女房がへそくり隠すとこ 歌丸です。